フィルムの色と、デジタルの色
デジタルを十数年もやってて、フィルムをまったく使わなくなってしまった私なのですが、改めてこの2つを比べてみると、色の出方とかまったく違うんですよね。
で、あまりに違うから、フィルムを撮って来た身としてはデジタルの色に違和感を非常に感じるわけです。デジタル派の私がこう言うと、それこそ違和感を感じるかもしれませんがw
考えてみるとフィルム・・・と言うより銀塩、・・・銀塩って言葉の違うのかな?湿版の時代を引き合いに出すと。写真は湿板→乾板→フィルム(もしかしたらちょっと違うのかな?)と変わってきたわけで「写り」がよくなるよう色々と改良されてきたわけですよね。
ベルビアなんか記憶色をよく表現してると思います。ただ、これって、正しい色じゃなくて、ものすごく人工的な色なんですよね。150年かけて作り上げられてきた。
一方、デジタルってそういう作り方を知らないから、そのまま出しちゃう。正直に。本当は物理現象そのままなんだけど、人はそれをおかしいと思う訳。
人口調味料に慣れた舌には、天然の素材の味は「変な味」と感じる・・・そういう人が居るのと同じですね。
とはいえ、デジタルが正しい色だとしても、写真とかアートの世界でどれほど意味があるのか?むしろ強調されたものに人は惹かれたりしますから、そういう作りこみがデジタルの課題でしょうね。
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コメント
ヒロさん
手法に対する市場価値と言うのは確かに有りますね。油絵と水彩画の関係もよくわかります。
いろんな歴史的背景があって出来上がっているものですが、市場価値を考慮して手法を決めるなどというのは、愚の骨頂ですよね。
事情があってそうせざるを得ない状況というのも有ると思いますが。
私がフィルムを脱却してデジタルにさっさと移行したのは、もちろん時代の流れがそういう方向だし、どうせなら、時代を自分で作るって行くほうが楽しいからですw
その一方、フィルムだと大御所が大量にストックを持っているので、正面から戦ったのでは分が悪いという点もありますね。
大御所と住み分けし、自分の住処を作り上げるということも私の場合には必要だったので。
ただ、デジタルがパソコン必須と言うのは、私にとってかなり味方をしてくれました。
モノクロ時代の暗室作業と同様に、PC上で作品を作り上げていけるというのは、ポジフィルム主体でやるには厳しいですから。
もちろん、弄繰り回せばいいと言う物ではなく、撮影前から作戦というかやり方を考えておいて、進めていくって言うのが大切だと思います。
この辺って写真屋はかなりいい加減ですが、画家の方たちは普通にやってるんですよね。
投稿: 村田 | 2010年7月 9日 (金) 11時45分
純粋に作品(表現)という視点で見た場合
その手法による優劣はまったく問題外であることは誰もが認める
ところでしょう。
油絵も水彩画も優劣は存在しません。
単に手法の違いが存在するだけですね。
しかし、市場での価値観というか価格の優劣が歴然と存在する
のも事実です。
例えば油絵(キャンバス)の価格は水彩画(紙)よりはるかに高い
価格設定がなされています。
そういう事実を踏まえた上での話ですが、
純粋に表現という意味においてはやはり手法による価値基準は
崩していかなければならないと思います。
作品は内容でこそ判断されるべきだと思います。
どちらかといえば写真に関しては鑑賞者の立場である私ですが
やはりフィルムもデジタルも優劣つけがたいです。別物だから・・・
しかし村田さんはご自身の意志で完全デジタル移行されたのです
から凄い決断と言うか、作品に対する強いポリシーを感じますね。
現在の状況からすればやはり先駆者なんでしょうね。
投稿: ヒロ | 2010年7月 8日 (木) 20時59分
ヒロさん
写真や芸術に関わる者としては避けて通れない問題かもしれませんね。
現実と同じことが理想なのか?
自己主張が出来るのが理想なのか?
これだけでも意見がいろいろ出てくるでしょうし、理想どおりに現実はなってくれませんし、おいそれと結論は出ないでしょうね。
写真の場合は現実に近づけることが、絵画の場合は自己表現することが基本なのかもしれません。
まぁ、議論しても、正しい答えは出てきませんので、自分がどうしたいのか?がとりあえずは重要なんでしょうね。
そのうえで、その表現が他人に受け入れられるかどうか?
考え方や表現方法が違っても、結局は他人に受け入れられるかどうかが、ジャッジじゃないでしょうか?
たとえば油絵と水彩画、どっちの手法が正しいか?と言う議論は無いですよね?それぞれ、作品としてどうか?と言う議論はあるにせよ。
フィルムとデジタルも同じだと私は思ってます。
ちょっと一度頭整理しないと、話がおかしくなりかけてるかな。
投稿: 村田 | 2010年7月 8日 (木) 19時31分
非常に興味深いテーマですね。
芸術の根本的テーマかも知れません。
あまりにも深いテーマで容易に答えが出せそうな
問題ではないですね。
主体(主観・撮影者)と客体(客観・被写体)の問題を孕んでいて
視点を固定するのが難しそうです。
フィルムが本当の色を再現しないのと同様に我々人間の視覚も
対象を忠実には見ないですよね。
見たいように見るというか、意識が集中する部分が強調されて
知覚されるようです。ある意味、フィルムではそれを疑似体験しているのかも知れませんね。
見る、観る、視るという現象の不可解さにいつも悩まされています。
しかしその難解さがタダの画像と作品と言いうる画像の一線を引く
大きな要因なんでしょうね。
このテーマにはこれからも悩み続けていきたいと思っております。
投稿: ヒロ | 2010年7月 8日 (木) 16時49分